松平 定信辞世の句

今更に何かうらみむうき事も 楽しき事も見はてつる身は

AIによる解説

注意

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「今さら何を恨もうか。辛いことも楽しいことも、すべて見尽くしてきた、この私の人生なのだから。」

という意味になります。

今更に何かうらみむ

「今さら何を恨むことがあろうか」という意味。
人生の最終盤に立ち、これまでの出来事を恨んだところで何にもならない、という達観を示しています。

松平定信は寛政の改革を推進し、政治的対立や批判も多く受けた人物です。
それらをすべて経たうえで、死を前にして「今さら恨むことなどない」と語っているわけです。

うき事も 楽しき事も

「憂き(つらい)事も、楽しい事も」。
人生の光と影の両面を意味します。

権力闘争や改革の困難、責任からの解任など、「憂き事」は数知れず。
一方で、文化人・学者としての活動や学問の成果、「楽しき事」も確かにありました。

見はてつる身は

「見果てた=すっかり見終わった、自分の身は」という意味。
人生で起こり得る感情のすべてを経験し、もう未練はない、という境地です。

この句が持つニュアンス

① 達観と諦観の入り混じった静かな心境

恨みもなければ、喜びへの執着もない。
仏教的な「諸行無常」の境地に近い心の静けさが漂います。

② 政治家として波瀾万丈な人生を歩んだ者の言葉

松平定信は改革の立役者である一方、多くの敵を作り、解任後は不遇の期間も長かった人物です。
その経験を踏まえ、「恨みを持つことで人生は終わらない」と悟っているようでもあります。

③ 「すべてを受け入れて死に向かう」姿勢

良し悪しを超え、心に怒りも喜びも残さず、ただ静かに人生を閉じようとする覚悟がうかがえます。

結論

激動の人生を歩んだ政治家が、最期には恨みも喜びも超越し、すべてを受け入れて死に向かう境地を表した句です。

力強い辞世の句が多い武将・政治家の中で、非常に静謐で達観した味わいを持つ一首といえます。

人物情報

松平 定信 画像
時代
江戸時代
職業
政治家
武士
没年月日
1829年6月14日

江戸時代中期の大名、老中。陸奥国白河藩の第3代藩主。定綱系久松松平家9代当主。江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の孫。

老中であった1787年から1793年まで寛政の改革を行った。前任の田沼意次の政策をことごとく覆したとされているが、近年では、寛政の改革による政治は、田沼時代のものと連続面があるとの指摘もされている。