春日局辞世の句

西に入る 月を誘い 法を得て 今日ぞ 火宅を のがれけるかな

人物情報

春日局 画像
没年月日
1643年10月26日

3代将軍徳川家光の乳母。明智光秀の重臣斎藤利三の娘。稲葉正成の妻。名は福。

父利三が山崎の戦で没したため母方に身を寄せ、のち稲葉正成の後妻となり4男を生む。

1604年(慶長9)家光の誕生にともない、その乳母となる。

家光・忠長の世嗣争いの際に、徳川家康に訴えて家光の世嗣決定をみた話は有名。

徳川秀忠の御台所崇源院没後は大奥を統率した。

29年(寛永6)秀忠の内意により上洛。

武家伝奏三条西実条の猶妹となり、後水尾天皇の譲位問題にゆれる宮中に参内し対面、春日局の名を賜る。

影響力は幕府内外に及びその縁故で出世した者も多い。

また江戸湯島に天沢寺を建立。

34年子の稲葉正勝没後、麟祥院と称した。