高杉 晋作辞世の句

面白きこともなき世をおもしろく

人物情報

高杉 晋作 画像
時代
江戸時代
職業
政治家
武士
没年月日
1867年3月28日

高杉晋作は、天保10年(1839)、長州藩士高杉小忠太の長男として萩城下に生まれ、藩校明倫館に学ぶ一方、松下村塾で吉田松陰に入門したのを機に希代の革命戦略家として頭角をあらわしました。

文久2年(1862)には幕府貿易視察団に加わり清国上海に渡り、ヨーロッパの半殖民地と化した街を見て衝撃を受け、文久3年(1863)6月、下関を外国艦から防備するため奇兵隊を結成。奇兵隊は武士以外でも「志」があれば入隊を許した画期的な軍隊となりました。元治元年(1864)8月には、四国連合艦隊の下関砲撃事件の戦後処理にあたり、また同年12月には長府功山寺で挙兵し、藩論を倒幕に統一。さらに下関開港・薩長同盟締結を実現しました。

慶応2年(1866)には、小倉戦争で奇兵隊などを指揮し、長州再征軍との戦いに勝利をおさめましたが、この時、持病の結核が悪化し、慶応3年(1867)4月14日、27歳の若さで亡くなりました。