北条 氏直辞世の句

結びして 解くる姿は かはれども 氷のほかの 水はあらめや

人物情報

北条 氏直 画像
職業
武将
没年月日
1591年12月19日

安土桃山時代の武将。後北条氏第5代。氏政の子。母は武田信玄の娘。

1577年(天正5)常陸の小田城に梶原政景を攻め初陣を飾る。

父氏政とともに駿河の黄瀬川で武田勝頼と対陣中の80年8月19日に家督を継ぐ。
翌年代替り検地にかえて段銭の増徴を行う。

82年6月の本能寺の変直後に、関東管領滝川一益と神流川で戦い、一益を上野から伊勢に追い、同年8月には徳川家康と甲斐の若神子で対陣したが、10月に家康と和した。翌83年8月家康の娘督姫と結婚して家康と同盟を結ぶ。
しかし全国制覇を目ざす豊臣秀吉との対決をさけられず、小田原の戦に敗れ、90年7月5日降伏し、戦国大名後北条氏は滅亡した。

氏直は家康の女婿であったことなどから助命され、高野山に追放とされた。
翌91年秀吉から関東で9000石と近江で1000石の計1万石の知行を与えられたが、同年11月4日に病没した。

法名は松巌院殿大円宗徹。